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大阪高等裁判所 昭和39年(ラ)180号 決定

抗告人 明石開発株式会社

相手方 松村建設株式会社

主文

原決定を取消す。

抗告人が、本決定の告知あつた日から一週間内に、相手方に対し金七五〇万円の担保を供するときは、神戸地方裁判所明石支部昭和三九年(ヨ)第四号仮処分事件の仮処分決定の主文第四項に「被申請人は別紙目録〈省略〉記載の土地に立入つてはならない。」とある仮処分の執行は、被申請人が宅地造成工事を施行するために別紙目録記載の土地に立入る場合に限り、右仮処分決定に対し抗告人の申立てた異議についての裁判があるまで、これを停止する。抗告人のその余の申立はこれを棄却する。

原審申立費用及び抗告費用はこれを二分し、その一を抗告人の負担とし、その余を相手方の負担とする。

理由

抗告人の抗告の趣旨及び理由は別紙抗告状及び抗告理由書記載のとおりで、これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

不動産の留置権者は留置不動産に対する占有権に基いて原則として右不動産に対する他人の立入を禁止排除することができる。しかし、右禁止又は排除が留置権者の留置物所有者に対する義務に違反したり、権利の濫用に亘つたりする場合には、そのような立入禁止排除をすることは許されない。留置権者は善良なる管理者の注意義務をもつて留置物を占有することを要するのであるから、通常留置物の保存に必要な行為をすることは一般の場合留置権者の義務であつて、留置権者が右保存行為を怠つたときは、債務者は留置権の消滅を請求することができる。それゆえに、多量の労力と多額の費用を投じて積極的に保存行為をしなければ留置物が急速に破損又は、滅失して、その経済的価値を急激に減少又は喪失するばかりでなく、その破損滅失の過程において第三者又は公共一般に対し生命身体又は財産上の損害を及ぼすおそれある場合において、これを留置占有する留置権者が自らの責任において右保存行為を完遂し難い事情があるときは、たとえその保存行為がその規模と入費の点で通常の保存行為の範囲に属せず、これを実施することが留置権者の義務でない場合でも、保存行為に協力する義務があることは疑いを入れないから、留置物の所有者に対し、それが知れないときは債務者に対し、右留置物の状況及び留置権者に存する事情を通知し、留置物に保存行為を加えるべき旨催告することも、また、右留置物の状況を知つているその所有者その他の権利者から右保存行為を実施するために右留置物に立入ることについて承諾を求められた場合にこれを忍受することも、留置権者の前記留置物保存義務の一部に属すると云わねばならない。従つて、このような種類の保存行為を必要とする物件を留置している留置権者は、自ら速かに右保存行為を完遂する意思及び能力を有し且つ現実にこれを実施しつゝある場合を除いて、右留置物の所有者その他の権利者が右保存行為をするために留置物に立入るのを禁止してはならない。

本件記録に添付された抗告人及び相手方提出の疎明資料及び各種申請書申立書等によれば、本件留置物は宅地造成工事施行の中途においてその竣工間近な段階で工事を中止した土地であつて、相手方は右土地の前所有者に対し右宅地造成工事請負代金債権ありとしてその弁済あるまで右土地を留置占有していたところ、抗告人が右土地所有権を譲受け右土地に対する相手方の占有を奪つたので、相手方はその占有者としての地位を保全するため本件仮処分申請をしたものであること、右土地を工事中途において工事を中止したまゝ放置するときは雨水等のために自然崩壊してその経済的価値を急速に損滅するおそれがあるのみならず、その自然崩壊の過程において附近の居住者不動産所有者その他の者に生命身体又は財産上の損害を及ぼす危険があること、右危険を防止するための右土地に対する保存行為としては右工事を完成するのが最も確実な方法であること、右工事施行の必要は工事中止以来極めて緊急なものがあつたにかゝわらず、相手方は右工事の施行を中止した状態を続けていること、及び抗告人が右土地に立入つて右工事を実施しても本件仮処分の他の執行が維持せられる限り、相手方は工事の施行による留置物の価値の増加の利益こそ受けるがその占有権乃至留置権を失うおそれも、その他の損害を受けるおそれもないことを認めることができる。右認定のような場合には右土地の留置権者である相手方はその所有者である抗告人が右土地の保存のために宅地造成工事を完遂すべく右土地に立入るのを禁止してはならない。したがつて、本件仮処分決定主文第四項の「抗告人は本件土地に立入つてはならない」旨の仮処分は、抗告人が右宅地造成工事施行のため本件土地に立入ることを禁止する点において、仮の緊急処分として許される範囲を逸脱し、抗告人に少なからざる損害を及ぼすおそれあるものであると云うことができる。しかしながら、相手方は占有権に基いて抗告人が右以外の目的で本件土地に立入るのを禁止排除する権限があるので、この部分は当然仮処分の許される範囲に属する。よつて右第四項の仮処分の執行停止を求める抗告人の申立は、右宅地造成工事施行のために立入ることを禁止する仮処分の執行停止を求める限度で正当であるのでこれを認容すべく、その余の部分は失当であるのでこれを棄却すべきものである。原決定は当審の裁判と異り抗告人の右仮処分執行停止の申立を申立自体不適法として全面的に却下するものであるからこれを取消すべきものである。

よつて民訴法第四一四条第三八六条第九六条第八九条を適用し主文の通り決定する。

(裁判官 岩口守雄 長瀬清澄 岡部重信)

別紙 抗告の趣旨

原決定を取消す。

申請人松村建設株式会社被申請人明石開発株式会社

右当事者間の神戸地方裁判所明石支部昭和三九年(ヨ)第四号仮処分事件の決定中第四項の「被申請人は別紙目録記載の土地に立入てはならない」との部分にもとづく仮処分は仮処分異議に対する裁判をするまで之を停止する。

との裁判を求める。

抗告理由書

第一、抗告人の訴えんとするところは、原審に提出した「仮処分の執行停止決定の申請書」に記載した通りである。

即ち、問題の仮処分の主文は、

一、被申請人の別紙目録記載の土地に対する占有を解き申請人の委任する神戸地方裁判所執行吏の保管に任ずる。

二、執行吏は其の現状を変更しないことを条件として仮に申請人にこれが使用を許さなければならない。

三、右執行吏はその保管にかかることを公示するため適当な方法をとらなければならない。

四、被申請人は別紙目録記載の土地に立入つてはならない。

以上のとおりである。

ところで、事実関係は相手方の主張によつても、本件土地の前所有者坂本栄二に対する工事請負代金の未払があるので、その支払を得るまでの間留置権を有すると言うのに過ぎない。

抗告人は、昭和三九年一月二七日坂本栄二よりこの土地を約七千万円で譲り受け同日同人より土地の引渡を受け、その頃より自ら宅地造成工事にとりかかつた。その時松村建設KKは全く工事をしておらず、作業小屋が残つていただけであつた。この小屋を取りこわしたことに対し相手方は告訴状を出しているがその目録末尾に、(乙六号証)

右はいずれも損壊当時空家にして人は現存せざりしもの

と記載しているところであつてこの一事からも松村建設がこの工事場である土地を占有していなかつたことが推定できる。抗告人は、この土地の買取後直に自ら宅地造成工事にとりかかつたのである。

本件仮処分は、この留置権を保全するために

(勿論留置権の存否には争がある)

〈1〉 申請人(松村)に土地使用を認めた。

家屋や土地の賃借人の場合と異つて、工事代金のための留置権を主張する者に土地使用権はない筈である。又、何が故に土地使用を認めねばならぬであろうか。

〈2〉 被申請人(抗告人)には土地への立入禁止をした。

これによつて抗告人は宅地造成工事をすることができなくなつた。

右〈1〉〈2〉は合して「仮の緊急処置たる範囲を逸脱し………権利の終局的実現を招来するもの」に該当する。

第二、土地への立入禁止は抗告人に対し回復することのできない損害を生ずる。

〈1〉 本件土地は、六千余坪、工事完成後は時価二億円に達する。抗告人は、この土地の買受代金や工事費を高利で借り受けていて、その金利負担だけでも月二百万円に達する。

本件仮処分の保証金は僅に五百万円にすぎず、

しかも申請人松村建設は破産状態で抗告人は如何なる損害を受けても事実上その賠償は求め得られない。

〈2〉 宅地造成工事は、機械と人夫を固定させる。これ等をあそばしておくことは大変な損害である。

〈3〉 本件土地は、急坂を有する山である。

宅地造成を完成しておかないと、もし大雨があつて土砂が流出すれば附近の民家に損害を与え、その人々の反対によつて再び工事をやり直すことはできないこととなる。

(申請書添付の疎明書類の御高覧を乞う)

〈4〉 許可を得た工事期間は今月末までである。

第三、立入禁止の停止あるも相手方に損害なし。

〈1〉 抗告人が宅地造成を完成すれば相手方松村建設は価値高い土地の上に留置権を有することとなり、利益となつても不利にはならない。

〈2〉 執行吏保管の仮処分があるから、抗告人に立入が許されても、相手方の権利は侵されることなし。

以上は、仮処分に直接関係のある事項に止めましたが、事実関係は複雑であり且つ主張が対立しています。これ等は取消訴訟の準備書面に詳述しています。

(なお、抗告人が本件土地を坂本栄二より譲り受けた時は弁護士西田敬介、横田静造立合の上でしたもので相手方の中傷する如きインチキでない事を上申致します。)

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